顔に掩いかかる邪魔ものをふり拂った
仰向けにもがいていたが
ぱたり起きかえると
一匹のすずめ蛾だ
彼はすが目でじろりねめまわして
云った
この部屋には出口がない
それはわしを不安にする
そのうえお前の鼻腔(はな)にもぬけ道がない
だいたい お前もよっぽど………
彼はちらり嘲笑ったようだ
不安はわしをますます大きくする
見ろ このていたらくを
彼が羽を動かすたびに
それは見る見るひろがって蝙蝠ほどになった
きりぎりすならすり合わせて痩せもしようが
わしの羽は厚すぎる
かんだかい聲をふり上げて
お涙ちょうだいの芝居より
こっちがどんなに悲劇だか───
涙をこぼしながら身もだえするのだが
そんなことにほおかまいなしに
羽はばさばさひろがって
花瓶をころがし 私の膝につきあたり 胸の方まで伸びてくる
壁につきあたってたわんでいる
彼のまきもらす粉(こな)でもうもうの霧だ
私は奇妙な感覚に當惑した
窓があけられないこともないのだが
こいつの正体みとどけてやろうと
もう一度 眼を見すえた
とたんに私はむせ入り
大きくくしゃみしてしまった
暁の光が白く流れ
{てんしばん}に展(の)された
息子の小さいすずめ蛾は
老醜のはてを思わせた
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[町田志津子の第一詩集「幽界通信」]
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Profile : Takahashi, Hideki : 高橋秀樹
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ラベル:幽界通信
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- 町田志津子の第一詩集「幽界通信」の作者本人による「あとがき」と「奥付」。
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- 「西芳寺」 「三月堂」 (詩集「幽界通信」より)。
- 「花」 「世」 (詩集「幽界通信」より)。
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- 「草」 (詩集「幽界通信」より)。
- 「茨」 「幽界通信」 (詩集「幽界通信」より)。
- 「改正道路」 (詩集「幽界通信」より)。
- 「春」 (詩集「幽界通信」より)。
- 「ある心象」 (詩集「幽界通信」より)。
- 「默契」 (詩集「幽界通信」より)。
- 「鼠群」 「挿話」 (詩集「幽界通信」より)。
- 「暗い海」 「遮断機」 (詩集「幽界通信」より)。
- 「顏」 (詩集「幽界通信」より)。