私ははだしで草地に立った
垣のばらは月光を吸って妖しく濡れた
私は垣をのりこえた
蹠の血は砂地に花びらの烙印を押した
標識燈の光はかすれ
突堤の端に彼が立っていた
蒼白い光の中の浮彫
さすらいの日々にまもり通したもの………
私は全身を陶酔にまかせた
月も中天にこおりついたまま
地も動きを止め
海だけがざわざわと鳴っていた
……………
蹠を刺すいたみに私は醒めていった
潮のみちくるように抗(あらが)いの心が高まり
私はひっしにそれにとりすがった
來てはならない
連れ去るのでなければ
くりかえし叫んだ
彼は瞼をあげた
眼(まなこ)はぎらぎらと光った
海港の標識燈は胸まで浸り
死者に殘された唯一の生氣──憎惡
私はしっかり眼を閉じて
一瞬を待った
冷たい風が通りすぎ
高い水音がした
渡のざれめきが高まった
私は砂地に自失した
眠りはなきがらより孤独だった
幽界通信
私は予期していたもののように立ち上り
濕った受話器をとりあげる
遠く深いところからたちのぼってくる彼の聲と
私の聲がふれ合って
時空を越えた一点に
花開く
午後二時の明るい事務室
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[町田志津子の第一詩集「幽界通信」]
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Profile : Takahashi, Hideki : 高橋秀樹
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ラベル:幽界通信
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