海は赤く濁り
波は牙をむいて岸を噛んだ
母は一日中流木を拾っていた
置き去られた子は
むしむしする砂にまみれて
喉がかわくと晝顔の露を吸った
高い松の梢に鴉が群れて
がおがおと不吉に鳴き立てた
めずらしくうつくしい月夜だった
医者の白い扉は開かず
子供は死んだ
まぶしい海のてりかえしの中を
子供の柩はリヤカーに載せられて
かたかたと踊りながら
連れてゆかれた
私は砂の中に一枚の鴉の羽根を拾った
鵜
浜の石に男と女が坐っていた
互いの生活の重みを感じ合い
どうしょうもない愛情に かすかにほほえんでいた
波がからからと石を引いてゆく
廣い海面に一羽の鵜が
ぽっかり浮んでいた
自在に泳ぎ
時々骨をふりたてて水にくぐった
残照は鵜のまわりを
圓光のようにとりまいた
芽
潮はうねり
枯れた梢に青む貝殻の芽
私の心のくぼみにも
生命の芽がほとびていた
回想の夜の甘美なく
暁の祝福の予想もない
孤獨の苦汁に培われた
反逆の芽
私はつねに裸身だが
むなしい贖罪の雪がふりつむので
その光をかすめていた
やがて
芽はぐんぐん伸びて
幹は濡れ
枝葉は陽にかがやくだろう
花はおそらく咲かないし
黄金(こがね)の果實も熟れないが
私のくぼみは狭いから
まばゆい葉叢をみつめつつ
自ら死の陶酔をえらぶだろう
破滅なき天の攝理に
復讐するだろう
comment :
今回で「默契」の章は終りです。
引き続き次号からは「赤石」の章に突入します。
⇒ 戻る。 ↓
前の詩、「雨夜」を読む。
[町田志津子の第一詩集「幽界通信」]
[目次]
----------------------
Profile : Takahashi, Hideki : 高橋秀樹
[events]
Ma_ho_Ma_ho_Family Top Page
ラベル:幽界通信
【関連する記事】
- 町田志津子の第一詩集「幽界通信」の作者本人による「あとがき」と「奥付」。
- 「秋分」 「彼岸」 並びに 北川冬彦による跋 (詩集「幽界通信」より)。
- 「西芳寺」 「三月堂」 (詩集「幽界通信」より)。
- 「花」 「世」 (詩集「幽界通信」より)。
- 「蝶」 (詩集「幽界通信」より)。
- 「赤石」 (詩集「幽界通信」より)。
- 「回歸」 (詩集「幽界通信」より)。
- 「山襞」 (詩集「幽界通信」より)。
- 「双子山」 (詩集「幽界通信」より)。
- 「雨夜」 (詩集「幽界通信」より)。
- 「草」 (詩集「幽界通信」より)。
- 「茨」 「幽界通信」 (詩集「幽界通信」より)。
- 「改正道路」 (詩集「幽界通信」より)。
- 「春」 (詩集「幽界通信」より)。
- 「ある心象」 (詩集「幽界通信」より)。
- 「默契」 (詩集「幽界通信」より)。
- 「鼠群」 「挿話」 (詩集「幽界通信」より)。
- 「すずめ蛾」 (詩集「幽界通信」より)。
- 「暗い海」 「遮断機」 (詩集「幽界通信」より)。
- 「顏」 (詩集「幽界通信」より)。